狂瀾怒濤のごとく世界を蝕み続けるCOVID-19が我々の生活に影響を及ぼしてから半年が過ぎようとしている。

天然痘に始まりペストやスペイン風邪など、歴史的に疫病が社会に大きな影響を及ぼしてきたことは理解していたが、実際に体験すると「これほどまで甚大な影響があるものなのか」と痛感させられる。巷間では時代の転換期などとも言われ、「ウィズコロナ」「ニューノーマル」などと新しい言葉が飛び交い、コンサルファームはここぞとばかりにDX革命の促進に躍起となっている。

今回はワクチンやウィルスの特性といった問題には触れず、COVID-19によるヘルスケア産業の経営変化はどういったものがあり、どのような方向に向かおうとしているのかをビジネスの視点で見解を述べたい。

5月頃からメディア報道で目立ち出した医療機関の悲痛な経営状況は未だ収束の兆しをみせない。多くの大学病院や基幹病院においては、COVID-19患者受入による病床の確保・棟の隔離対策が必要になったおかげで収益の非効率化に拍車がかかり、軒並み減収・減益となっている。

元々、日本の診療報酬制度は医療の本質(利他の精神)を追求すればするほど経営が悪化するという特徴がある。COVID-19はこの悪状況を加速させる形となった。

また町の開業医もCOVID-19を恐れた患者の来院減少により大幅な減収となり、国の補助が期待できない私的クリニックは公的病院よりもさらに状況が深刻だ。

開業医が経営難に陥ったことで、大学病院の勤務医達がバイト先を失いつつあるという現象も無視できない。周知の通り、大学病院の勤務医は極めてハードな労働環境の中、割にあわない賃金体制で医療に従事している。それを補う開業医の非常勤バイトがなくなったことは全体のバランスを大きく損ない、医業崩壊の連鎖が起こりかけた。対策として、オンライン診療導入が加速しているが、医療という特性上、その普及にも限界を感じる。オンライン診療と比較的相性がいい精神科・皮膚科では光明が見えるかもしれないが、個人情報の管理やユーザーのITリテラシーなどクリアすべき問題は多い。

比較的打撃が少ないのが、美容医療の世界だ。私が知る限り、COVID-19による影響は少なからずあれど、保険診療のクリニックほど経営状態がマイナスにはなっていない。国民皆保険制度に頼らない自由診療の医療ビジネスは大変興味深いものがあり、今後もその動向を追っていきたい。

他のヘルスケア産業として製薬企業はどうだろう。調べうる限り、いまのところCOVID-19による製薬企業の売上被害はそれほど大きくはない。そればかりか自粛によりMR(医薬品情報担当者)の日当手当、出張費用、その他コストが大幅に下がり、利益率そのものは向上しているという話を聞く。上層部は大量に抱えた動けない営業マン達をどう活用するか考えあぐねており、MR不要論に拍車をかける結果となった。

学習の場にも大きな変化が起きている。日進月歩の医療の世界において、知識や研究のアップデートは必要不可欠であるが、学びの場である医学会は軒並み開催中止となっており、今後も開催の目処がたっていない。医療機器・製薬企業が開催する研究会もほぼ全てオンラインに移行した。

オンラインへの移行により、新しいエビデンス・ガイドライン・研究成果の学習はできているが、人事情報や臨床現場の問題など、対面でしか話せない情報交換の場が制限されているのは懸念材料だ。

さて、こうして振り返ってみると、医療経営もオンライン診療も、ひいては研究会の問題もCOVID-19は我々の生活を激変させたのではなく、今まで懸念されていたが対策されていなかった問題を浮き彫りにしたに過ぎないとも言える。

オフィス不要論、出社不要論なども声高に叫ばれているが、遠隔マネジメントを含めた「人材育成」の観点から、オンラインにどれだけ徹底できるかは疑問が強く残る。医療の世界は基本対面が原則であるため、それらの課題はより顕著だろう。

ビジネスの観点から先読みしなければならないことは「オンラインでもこなせる事」と「オフラインでしかできない事」の明確な区別をつけることである。昔から必要なオフライン作業をオンラインに移行してしまったことでボディブローのようにダメージが蓄積され、後々取り返しのつかないことになった事例は山のように聞く。

また、オンラインが当たり前になってくれば、オフラインが希少性のある手法となり、差別化になることも考えられる。「弊社は対面で説明いたします」が強みとなる日も遠くないかもしれない。

こういった状況変化が起きた時こそビジネス現場の経験とMBAの知識を活用し、冷静な対処を行なっていきたい。自分の力でコントロールできることには全力で挑み、数年後この環境を制したことを誇らしく語れる日がくることを強く望む。

文:城戸崎祐馬/Yuma KIDOSAKI
Anglia Ruskin University MBA
KCC代表
一般社団法人MBA推進協議会 理事
専門分野:ヘルスケア/ウェルネス
プロフィール:
大手製薬企業のトップMR、外資製薬企業のビジネスコンサルティングを経験。2018年、英国国立Anglia Ruskin UniversityのMBAを取得。その後、シンクタンクの戦略コンサルタントを務め、2020年に独立。
現在は「医療倫理と経済合理性の確立」をモットーに複数の医療法人の外部戦略顧問を務める。

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