MBA取得のきっかけ

私は英米資本の複数企業において、人事をはじめとするバックオフィス系の仕事に約20年間従事してきました。英米企業では、上層部になるほどMBA保持者が多いことに気付きました。そのような職場環境の中で、私もいつかはMBAを取得したいと考えていました。しかし、時間や経済の問題から、取得を躊躇していました。そうしているうちに時は流れ、「中高年になってからMBAを取得するのはコストパフォーマンス的にどうなのだろうか?」と考えるようになりました。今振り返れば、やらないことへの言い訳を探していたのかもしれません。しかし、当時の勤務先の先輩がひそかに米国大学院のMBAを取得していることを知り、MBAへの興味が再び湧き上がりました。子供も成長し、時間的な余裕が出てきたこともあり、2021年初頭、履修を開始しました。現在、日本の多くの大学院でもMBAを提供していますが、私は海外の大学院を選びました。その理由は、英語スキルの証明、MBAがもともと海外から入ってきた学問領域であること、そしてよりグローバルな視点が学べると期待したからです。

コンフォートゾーンから一歩外に踏み出してみる

MBAを学習することによるメリットが多数ある中でも、有益性が高いと思われるものを5つピックアップしました。

1. フレームワーク脳

一定のフレームワークを使用してカテゴライズし、分析し、ディスカッションすることは、フレームワークを使用しない場合に比べて、目的の成果をより効率的に得ることを可能にします。MBAの学習過程では、ビジネスを発展させるためのフレームワークが多種提供されていて、それまで知らなかった世界に遭遇できました。例えばPESTEL、ポーターの5フォース、SWOT等のフレームワークに自分の想定するビジネスをあてはめ、実際に手を動かしながら分析や、他者とディスカッションできることは効果的でした。もちろんこれらフレームワークを使ったからといって実際のビジネスの成功が確実になるわけではないですが、思考や議論の整理がしやすくなるという点で、企業価値の向上につながりやすくなります。

2. 情報収集力と文章構築力

質の良いデータや情報を迅速に収集することは良い成果物を出すために必須といえます。これまではGoogleの検索エンジンを主に利用していましたが、「Google Scholar」等のより学術向けで「信頼できるソース」からの論文情報等を得られる手法を学びました。また「参照」を付することの重要性とノウハウについても習得できました。これは学術界以外のどの仕事の現場でもすぐに役立つスキルです。さらに自分の文章を書き上げるために自分が持つ課題に基づき批判的考察をしながら論理的で客観的な結論を導き出すことの訓練ができました。自分の業務に直結する内容の研究であったため、自社の人が高い関心を寄せ、共有することで喜ばれました。そう、バックオフィス系の業務であってもMBAに関する論文が書けるし役立つのです。今後は各種AIツールも併せて使いこなせるようになれば生産性と品質がさらに向上するでしょう。

3. 同じ志を持つ異業種の人達との交流によるオキシトシン

前期課程は日本で座学とオンラインで他の社会人学生と交わりながら基礎科目を学習しながら各科目のエッセーを書き上げ、後期課程は前期課程を修了した人と一緒に大学院から直接指導を受けながら研究論文を執筆しました。同じ志を持つ異業種の人達との交流はかけがいのないものです。特に後期課程の論文執筆は孤独な作業であり、初めてのことばかりで不安がつきまといましたが、他の学生との情報交換や励ましあいはメンタルに良い影響を与えてくれました。卒業後も同窓生の他、OBOGとの交流の機会にも恵まれ、良い刺激を得られています。

4. 自尊心と安心感の向上

MBAは一般的に転職に有利だと言われていますが、自分の場合は積極的に転職を考えていたわけではありません。ただ将来何が起こるかは分かりません。自分では積極的に転職を考えていなくても業績悪化やその他の理由で転職の道を選ぶ可能性がないわけではありません。または起業するかもしれません。その際にMBAがないよりはあったほうが一般的には有利なわけで、その意味で安心感が上がります。全過程を修了するまでの学習期間は約2年でしたが、その2年間は仕事以外の時間はほぼ全部MBAの学習に費やしました。中には短期集中型でメリハリつけて器用にこなす人もいるようですが、自分はそこまで効率的にはできませんでした。学費は決して安くはありませんから何が何でも決められた期間内に修了するのだ、という強い気持ちがありました。戦略、マーケティング開発、ファイナンスをはじめとする複数のエッセー、そして研究論文といった一連の成果物を出し切って、最後それらが認められた時は自分で自分を大いに褒めました。また幸いなことにMBA履修開始直後、勤務先でMBA取得補助金制度が創設されたこともあり、その恩恵を受けることもできました。後は日本の企業でもビジネスのグローバル化を見据え、社員にMBA取得を奨励する組織が増えるのではないでしょうか。

5. 人生100年時代

厚生労働省によると、2020年の日本人の平均寿命は女性が87.74歳、男性が81.64歳で過去最高記録を更新しています。医療技術の進歩や国民の健康意識の高まりにより、この傾向は今後も続くと予想されます。同時に少子化が進み、人口は2050年には現在の約1億2千万人から約2割減の9,515万人になる見込みです(1)。年金財源は現役労働世代が納める社会保険料によって賄われています。労働者数減少は社会保険料の減少になるため、年金財源を獲得するためには、年金受給開始年齢をさらに引き上げてできるだけ長く働くような社会保障制度の方向性が見込まれます。そう、過去は60歳から年金満額受給開始であったのが65歳に引き上げられたように。つまり私たちは相当の資産がない限り、より長く働くことが求められるようになるのです。このような中でビジネスの発展に寄与する学問分野のMBAを取得することは年齢に関わらず価値が見込まれます。

ただ、こんなに熱心にMBA学習によるメリットを上げたものの、実のところ取得後に人生が劇的に好転するような体験は今のところありません。当然といえば当然で、今後の自分の志とアクション次第でいかようにもなる、ということでしょう。


私が大学の学部を卒業したのは1990年代ですが、当時大学卒業後にMBAを取得する機会に恵まれたのはごく限られた人だけでした。実質的には海外へ渡航して現地の大学院に座学フルタイムで学ぶことしか選択肢がなかったのです。これを実行するには渡航費、学費その他生活費を合わせて数千万円位は必要だったのではないでしょうか。仕事をせずに現地で2年から3年かけてフルタイムで学生生活を送る、ということは、経済的・時間的に制約のある一般的な社会人では相当困難です。一部の日本の上場企業では若手幹部候補社員を社費で留学させる制度があるようでしたが、それもまた多くの人にとっては遠い世界です。それから約30年経過して、世の中はインターネットの普及やテクノロジー発展の恩恵を受けて、より多くの人が学びやすい環境が整備されました。フルタイムで仕事を続けながら、国内で海外のMBAを取得できる素晴らしい時代になったのです。

近年では企業の「持続可能性」(サステナビリティ経営)が注目されるようになってきています。これが意味することは、企業の価値は伝統的な財務情報に加えて、同じくらいの比重で非財務情報に基づき判断される、ということです。非財務領域であるESG(環境、社会、ガバナンス)に対する企業の取り組みの成果が最終的には財務状況につながるという考えが主流となった今、MBAは最前線でお金を稼ぐ役割を持つ人だけのものではなく、バックオフィス系の役割を担う人にも非常に役立つといえます。

今VUCA(Volatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguity)の時代と言われています。温暖化、テクノロジーの発展、グローバル化、価値観の多様性、頻発する災害等の要素が今まで以上に加速的に変化し、先行きの見通しが悪くなってきています。様々な視点からの情報共有が必要になります。2021年の日本の経営者の平均年齢は60歳です(2)。豊かな経験や知識を持つ経営者であってもVUCAの中で全てが明瞭に見えているわけではありません。そして過去に成功した取り組みが将来成功するとは限りません。意外なところに道筋、逆に落とし穴があります。ビジネスを発展させるためには多様な視座が必要であり、経営管理学を学んだMBAホルダーはそのような広範な視座を持つ土台を獲得しているといえます。

国からの支援制度

MBA学習を進めるにあたって経済的支援があると大変助かります。岸田首相が発した「リスキリング」というワードが話題を呼びましたが、「リスキリング」とは、自分の職業に必要なスキルを習得することで、自分自身のキャリアアップを図ることです。政府は企業等の高度な専門性を有するグローバル経営人材や地方の産業等を担う経営人材の養成 機能の充実強化を図ることを方針のひとつとしています。(3)

以下に政府からの学習支援制度の例として3つ挙げてみました。(2023年5月時点)

1. 給与所得者の特定支出控除

給与所得者であれば、「研修費」として、在学証明書、教育機関からの領収書、および勤務先(給与支払者)からの特定支出に関する証明書等の定められた書類を添付して「研修費」として確定申告すると、職務に直接必要な技術や知識を得ることを目的として研修を受けるための支出として一定額の控除が受けられます。(4)私はこの控除を受け、馬鹿にならない金額の還付を受け取りました。

2. 教育訓練給付制度

 雇用保険の被保険者期間があり、一定要件を満たす場合、受講費用の50%(年間上限40万円)の「専門実践教育訓練給付金」が受け取れます。失業状態にある場合にはさらに教育訓練支援給付金が受け取れます(5)。ただし、海外の大学院は給付対象にはなっておらず、私の場合には適用がありませんでした。

3. 人材開発支援助成金

これは企業が受けることができる助成金で、自社で雇用する労働者の人材教育のために一定の教育訓練計画や実施を行った場合に、その訓練経費や訓練期間中の賃金の一部等が助成される制度です。(6)経営者の方や人事の方は自社の人材開発のために検討してみてはいかがでしょうか。


これからMBA取得を目指す方への激励メッセージ:

「これから生きる人生で今が一番若い、 今にフォーカスする。」


出典

(1)我が国における総人口の長期的推移(総務省)

(2)全国「社長年齢」分析調査(2021年)(帝国データバンク)

(3)2019年文科省 経営系大学院を取り巻く現状・課題について(経済産業省)

(4)給与所得者の特定支出控除(国税庁)

(5)教育訓練給付金(厚生労働省)

(6)人材開発支援助成金(厚生労働省)


当会正会員/英国立Anglia Ruskin University MBA 2022年修了
プロフィール:
団塊ジュニア女性 職歴は人事、人権、企業倫理・コンプライアンス、全社的リスク管理等。約20年のキャリアで主にバックオフィス系業務で英米外資企業を複数経験し、現在は日本のグローバル化学メーカーに勤務。趣味は飼い猫と遊ぶこと、自然とのふれあい、マイルドな健康おたく。