はじめに

今、当会ホームページを閲覧されている方々は、「MBA」という言葉をキーワードに検索しながら辿り着き、またこれから「MBA」を取得し、キャリアアップを達成したい、という考えをお持ちの方々が多いと拝察する。

さて、今回は日本企業が「MBA」を取得した社員をどのように処遇しているのか、また「MBAホルダー」側が自分の勤務する日本企業にどのような期待を抱いているのか、について以下述べてみる。なお、以下記述する「MBA」とは、海外においても通用する学位であるMBAとする。

MBAホルダーの日本国内における実態

日本企業とMBAホルダーの関係を論じた先行研究はかなり少ない。その中で、金雅美(2014,p.1)は「日本企業とMBA ホルダーの間には、対立関係が存在する」と述べており、当稿においては、この対立関係に焦点を当てることにする。

現在、国内で「MBA」を取得可能なプログラムは多く存在する。せっかく当会がヒットし訪問されたならば、是非当会ホームページにある「国内MBAの現状」に一度目を通すことをお勧めする。詳細はこちらに譲るが、決定的な違いだけ披露すると、国内で名だたる有名大学が運営するビジネススクールであって、かつ学位に「MBA」と付されていても、そこで取得した学位は「MBA」ではない。さらに海外では、我が国の大学のビジネススクールで取得した学位は「MBA」として認知されないものであることだけ述べておく。

まず、その事例の一つとして、金は若干古いが日本と米国、ドイツのMBAホルダーの管理職比率を小池、猪木(2003)の調査を引用し、定量的に表現している。この調査によれば、日本の管理職においてのMBAホルダーの比率は僅か0.7%である。

(表1 大学卒・大学院卒・MBA ホルダーの管理職の比較,金,2014,p.1)

逆に、日本では大学卒、つまり学位で言えば「学士」の管理職が米国やドイツと比べ圧倒的に高いのが特徴で、ここにまず比率の対立関係がある。

次に、日本の高等教育には2点の特徴があり、1点目は4年制大学卒業後、そのまま大学院(修士)へ進む割合が、2019年度で9.2%、2点目は、社会人として経験を積み、社会人大学院等に入学し改めて勉強する者の割合も15.7%という、双方ともに非常に少ない事実である(科学技術・学術政策研究所,2019)。この事実から言えることは、日本は「学士」の学位のみ、すなわち文部科学省が認可した4年制大学を卒業し、いわゆる「新卒一括採用」で企業が採用した社員が管理職の大半を占めていることになり、表1の裏付けとも言える。

因みに、筆者は日本国内での売上高が9割以上を占める典型的な日本企業に勤務しているが、修士卒は数年に一度入社する程度で、管理職に就ける修士卒は僅かである。なお、経営陣と言われる取締役は、代表取締役以下、取締役の末端に至るまで修士卒はゼロ、MBAホルダーもまた然りである。

日本企業のMBAホルダーに対する考え方

次に「対立関係」として考えられるのは、日本企業のMBAホルダーに対する処遇と、MBAホルダーが企業(勤務先)に期待していることのギャップである。まずは日本企業側の処遇について触れてみることにする。

これについて、金(2007,p.234)は、我が国ではMBAホルダーをビジネスエリートとして容認する社会的傾向等はあまり強くなく、そして日本企業もMBAを取得したことを表面的に評価することも殆どない。さらに、MBAという学位そのものに対する評価も日本企業内では低く、処遇も学士の一般社員と差別化されることも殆どないと述べ、その理由は、日本企業がMBAホルダーにエリート意識を持たせないため、との回答が3割弱で最も多かったとしている。これは、基本的に社員のスタンドプレーを嫌う日本企業がMBAホルダーの職務に制限を加え、飽くまでもチームの一員として対処させることが念頭にあると考えられる。

その比較対象として、金は同じアジアの韓国と中国を挙げており、中国においてはMBAホルダーと一般社員との処遇には格差があること、韓国は中国ほどではないが、職務や昇進にプラスに作用するケースが多く見られることを同時に述べている。しかしこれは2007年の調査結果であり、現在世界第二位の経済大国に上り詰めた中国に関しては、多少割り引いて考える必要性もあるだろう。

ただし、ただMBAを取得しただけで処遇や昇進に差をつける、つまり社内で優遇することは、MBAホルダーに対する評価が高すぎ、日本企業での処遇が適切である、との見方も可能であろうとも金は述べている。

つまり、日本企業はMBAを取得しただけでは会社(組織)に貢献したことにはならず、日本企業にも成果主義が浸透したことも相まって、結果を出さない限り、たとえMBAホルダーであっても一切評価しない、と考えているわけで、金の上述の見方は的を得たものとも言える。

日本企業のMBAホルダーに対するこの評価は今に始まったことではない。1980年代から1990年代初頭、大企業と言われる日本企業は、こぞって社費で社員を海外大学に留学させ、MBAを取得させた時期がある。金はこれを「派遣MBA」と呼んでいるが、日本企業はこの派遣MBAでさえ、その職責を果たしMBAを取得し帰国しても、その社員を派遣前より配属や処遇(給与・進級スピード等)が変わるのは稀なケースであると述べている。

筆者の勤務する日本企業も、当時の時流に乗りMBAを取得させるため、主に米国へ社員を数名派遣した実績がある。その後派遣目的を果たし帰国したにも拘らず、処遇に変化があったという話を聞かない。結局これらの社員は、当時会社に「社費を以って留学した者の退職を制限する」規程がなかったため、新天地を求め退職した。これは筆者の勤務先だけでなく、他の日本企業において同様のことがあった。と聞いている。

MBAホルダー側が考える日本企業

これは、端的に言えば、「3.日本企業のMBAホルダーに対する考え方」で述べたことと正反対のことである。

2000年代に入り、MBA留学のため海外で出ることなく、さらに週末を利用し上手く時間を捻出することで「仕事と学業の両立」、及び低コストのビジネススクールが国内で生まれ、以前のように、現地滞在費や学費等で数千万円必要であった留学費用、帰国後の再就職について、リスクがほぼない状態でMBAが取得できる時代になった。しかし、取得した手段はどうであれ、MBAを取得したからには、その者全員とまでは言わないが、多少なりともエリート意識は持っていると考えられる。これは、金雅美も同様のことを述べているが、ただ残念なことに、上述のビジネススクールが誕生したことによる、MBAホルダー側が日本企業に希望する内容等を題材にした先行研究は今のところ見当たらない。

本来ならば先行研究が見当たらない分、筆者がアンケート調査等を行い詳細分析等を実施すべきだが、字数の制約もあり、当寄稿では筆者の経験等をベースに、日本企業に求める姿を述べることとしたい。

筆者が海外大学のMBAを取得したのは2008年、当時の筆者は地方支社に勤務しており、その支社内では史上初の出来事であった。そこで、筆者は勤務先の会社に2点だけ要望した。1点目は最終学歴が変更になったため、それを人事情報に反映してもらうこと、2点目は、筆者の持つ名刺にMBAを印字したい、この2つであった。しかし会社側はいずれも認めない、との回答であり、これは、先に述べた「エリート意識を持たせない」との日本企業の特徴に一致し、筆者は逆に「社費でなく自費で資金調達し自らの意思でMBAを取得したのだから、その分勉強もしており、一般社員と区別されて当然」との意識、つまりエリート意識から生じた要望であった。

そこで、時期を同じくMBAホルダーとなった方々、約15名に確認したところ、人事情報や名刺等にMBAを登録または印字可能と回答した者全員が、勤務先が外資系企業、或いは日本企業であっても海外で外資系企業と激しい競争を強いられている日本企業であった。さらに当時は筆者のように国内市場を主戦場にしている会社に勤務しMBAを目指す者も少なかった。

この事実を知ったことで、筆者は当時勤務先の戦略として「成長のために海外進出が必要」と声高に叫んでいたことが果たして成功するかどうかを心配した。理由は、勤務先で数少ないMBAホルダーの人事情報を、エリート意識の排除を目的に登録しないことで、恣意的に他の社員の人事情報も操作し、登録された人事情報が正確か否か疑問を持ったためである。恣意的に人事情報を曲げれば適材適所の人材配置は不可能となり、海外事業の成功も覚束なくなるのは自明である。結果として筆者の勤務先はこのような状況下で積極的に海外へ進出した結果、多額の損失を生み、海外事業から一旦ほぼ手を引かざるを得ない程の財務的な傷を負い、筆者の心配は現実のものとなった。

ここで表1を思い出してもらいたい。米国やドイツの管理職に占める学士は約3〜4割と低いが、日本企業はその倍、約8割が学士である。つまり、学問を深く掘り下げ、社会人になり学び直した者などが、管理職として多く在籍する海外企業に対し、たった4年間の勉強実績しかなく、あとは過去の経験にしか拠り所のない管理職が殆どの日本企業が、海外企業とタフな交渉の席で優位性を保つことはほぼ不可能である。これは海外の管理職の状況に多少知識のある者であれば、簡単に理解できることであるが、残念ながら筆者の勤務先にこのような知識のある者は皆無だったようである。

因みに、筆者の勤務先が「資格」登録として人事情報にMBAが反映されるようになったのは、ほんの数年前のことである。MBAは学位であり資格ではないが、この誤解については、改めて触れることとしたい。

おわりに

これまで「日本企業とMBA ホルダーの間には、対立関係が存在する」ことについて縷々述べてきたが、日本企業側はエリート意識を排除するため、MBAを取得しても、処遇や昇進は一般社員と同じにするが、逆にMBAホルダーは一般社員と区別されることを望み、ここに対立関係を生み出していることが読者の方々に伝わったものと思料する。

これからMBAに挑戦される方々、特に国内を主戦場としている企業に勤務されている方にとって、この現実は受け入れ難いものがあるかも知れない。しかし、MBAを取得すれば、過去の実戦経験で得たものとは全く違うモノの考え方や、違った切り口から物事を捉える能力が新たに武器として備わるため、まずはこれら能力の取得を目的にMBA取得を目指すべきで、会社(組織)に自分のエリート意識を植え付けさせるのがMBA取得の目的ならば、それは大きな間違いである。

あとは、個人の考え方如何である。MBA取得後、どうしてもエリート意識を勤務先に持たせたいならば転職も視野に入るであろうし、転職自体をリスクと考えるならば、日本企業の場合、実績を積み上げて、会社(組織)に認められることが必要である。どちらを選択するかは、各々の将来のキャリアパスに応じて結論を出せば良いことだが、外資系企業であろうが日本企業であろうが、一つだけ共通していることがある。

それは先にも述べたが、「周囲に認められる結果を残す」ことである。これはMBAホルダーだけでなく一般社員にも言えることだが、特にMBAホルダーに対する評価は厳しい。筆者の場合、2008年にMBAホルダーとなったが、これが処遇に反映されるようになったのは、2010年代後半からであった。このように転職せず日本企業に残ることを選択した場合、結果を出し続けても我慢が必要な時期が一定期間必ず存在する。その我慢の時期は各々の企業で異なるだろうが、結果を残しながら我慢の時期を乗り切れば、たとえ日本企業でも必ずMBAという「学位」を評価せざるを得ない時が到来する。この時初めて「日本企業にMBAホルダーあり」と、自らの存在を声を大にして堂々と主張できるのである。

なお、現在の先進的な企業は「上級管理職にMBAホルダーを任命するのは当たり前で、DBAを要する」場面に変わりつつある。DBAは当寄稿の範囲外であるが、海外DBAを取得する際、冒頭に述べた我が国の大学のビジネススクールで取得した学位では、海外DBAの取得要件を満たさないことだけ最後に述べておく。

この寄稿が、読者の方々、特に日本企業に勤務しMBA取得を検討されている方の一助になれば幸いである。

引用文献

金雅美(2014)日本のビジネススクールの概要,和光経済,第47巻第1号,p.1

文部科学省 科学技術・学術政策研究所(2021.8.22閲覧)https://www.nistep.go.jp/sti_indicator/2019/RM283_32.html

参考文献

金雅美(2007)MBAのキャリア研究,中央経済社,pp.122〜pp.140,pp.231〜pp.243

文:秋元純一/Junichi AKIMOTO
一般社団法人MBA推進協議会 理事
University of Wales MBA, DBA Candidate
大手建設会社へ事務職として入社。
入社後は庶務、経理、会計、危機管理等、多様な業務に携わり現在に至る。
2008年3月 University of Wales MBA課程修了。
2020年1月よりDBA Candidateとして、University of Information Technology and Management in Rzeszowに在籍中。