当会の大きな目的の一つが「MBAに対する理解を促進すること」にあります。世間一般ではMBAについてなんとなく「ビジネス系の資格でしょう?」ぐらいに考えていらっしゃる方も多いのではないかと思いますが、まず初歩的な話としてMBAは資格ではなくれっきとした学位(Master=修士学位)です。

講習への参加や試験への合格によって得られ、何かを行う際に必要とされる地位や立場を指す資格に対して、学位は教育機関における教育課程の修了、または一定の学術的な達成や研究業績によって授与される「栄誉称号」になります。
MBAとは経営管理に関する学術的な達成を成した方に授与される称号であるということをまずはご理解いただければと思います。

またMBAに対する認識には以下の章で挙げるような日本特有の問題点があり、正しい理解がなされていないという現状があります。MBAの取得を志す方には、まずMBAという学位について正しく理解することから始めていただければと思います。

MBAは経営学修士?

皆さんはMBA:Master of Business Administrationを日本語でどう訳しますか?恐らく多くの方が「経営学修士」と訳されるのではないかと思います。国内のMBAの教育機関でもその多くが「経営学修士」と訳しています。ですが、果たしてそれは正しい訳といえるでしょうか?

本来、経営学というといわゆるアカデミックな科学としての「経営学」を指しますが、MBAとはアカデミックな学問ではなく、よりプラクティカルな実学なのです。
英語圏ではアカデミックな学問としての経営学の修士号はMaster of Science (MS※科学修士) in Business Managementなどと呼ばれ、MBAとは明確な線引きがなされています。
ところが日本ではこの線引きが非常に曖昧で、MBAが正しく理解されていないことの大きな要因となっています。この定義の曖昧さこそが日本のMBAの第一の問題点となっていると我々は考えています。

そこで我々は、アカデミックな経営学とMBAとを明確に分ける意味で、経営においてなくてはならないA:Administrationの要素を重視し、MBAの日本語訳は「経営管理学修士」と呼称することを提唱したいと思います。

文部科学省はMBAを規定してはいません。

日本の文部科学省は大学等の学部・学科の設置認可は行うものの、特定の名称を持つ学位が「どんなシラバスやカリキュラムで学ばれたものであるか」を規定してはいません。文部科学省にはその部分を管轄するセクションはなく、また本来であればその任を負うべきと思われる独立行政法人にも対応する規定はありません。そのため日本においては、個々の教育機関が「これはMBAです」と言ってしまえば、それがたとえどんな代物であろうともMBAとしてまかり通ってしまう驚くべき実態があるのです。

「日本の文科省が設置認可した教育機関がそんなずさんな学位授与を行うわけがない」と思う方もいるかもしれませんが、実際には実学たるMBAとして体を成しているとは言えない「自称MBA」が多数存在するのが日本のMBAの実態です。

日本とは異なり、例えば英国では国内における高等教育の品質評価や管理を担う独立機関(QAA:Quality Assurance Agency for Higher Education)がMBA等の学位を厳格に定義付けして、学位の評価を行っています。これはいわゆる第三者機関による「お墨付き」と呼べるものです。

※参照
QAA Subject Benchmark Statement / Master’s Degrees in Business and Management (June 2015)

ここであえて教育機関の名称を出すことはしませんが、我々の把握する限りにおいて、日本には第三者認証機関による認証を受けているMBAの教育機関はわずか8校しか存在しません(2022年11月現在※海外校の輸入プログラムは除く)。
それ以外はすべて「自称MBA」です。この事実を知ると多くの方は衝撃を受けます。なぜなら国内の名だたる名門大学の数々のMBAプログラムが「自称MBA」だからです。

国際的なMBAの世界ではこの第三者による評価や認証[Accreditation]が重要な意味を持っており、有名なところでは世界三大認証機関(AACSB、EFMD、AMBA)と呼ばれるような認証機関があり、それぞれに設けた多項目にわたる審査基準により、世界中のMBAの教育機関(プログラム)の評価・認証を行っています。

「自称MBA」のレトリック

「自称MBA」の教育機関のwebサイトを見ると、「第三者認証には意味がない」、「卒業生の活躍こそが大事」などと謳っていることがありますが注意が必要です。

「第三者認証に意味がない」と断言してしまうのは、他者による客観的評価を否定しているのと同じことです。そしてそこには、学生が「MBAのスタンダードを知らずして分かった気になってしまう」危険性が潜んでいるのです。そんな教育機関で学ぶ方が数多くいる現実に、我々としては大きな危機感を抱かずにはいられません。

また、卒業生の活躍(=ビジネスで結果を出すこと)は確かに大事ですが、MBAホルダーがビジネスにおいて的確なアウトプットを行い、それによって結果を出すことが重要なのはただただ当然のことでしかありません。結果が出せないMBAホルダーはたとえ学位を持っているからといってビジネスの第一線にとどまることなどできないでしょう。
MBAホルダーには常に結果責任が求められるということも付記しておかなければなりません。

第三者認証を受けたMBAを選びましょう。

悲しいことに、このMBAを一例として、日本の高等教育分野は世界のスタンダードからは大きくかけ離れたものとなっています。今や第三者認証を持つMBA教育機関の数の比較において、中国や韓国などの東アジアの国々はもちろんのこと、東南アジアの国々よりも少ないというのが日本の実情です。まさに高等教育の分野でも日本はガラパゴスと化しているのです。この現状に目を向けない限り、世界との格差はこれから先もどんどん広がっていってしまうでしょう。

また、教育分野の格差はビジネス分野の格差に直結すると言っても過言ではありません。日本は主要先進国のなかで社会人教育の履修率が極めて低いことでも知られています。終身雇用制など長期雇用が理想とされてきた日本特有の労働環境の事情はあるにせよ、日本以外の多くの先進国では、一度社会に出た後に大学等の高等教育機関に戻り、更なるステップに進むための教育を受けるリカレント教育(社会人による学び直し)の考え方が浸透しています。

社会や会社内でのポジションが上がればそれに相応しい知識・教養が必要となります。潮流の変化が激しい現代の国際的なビジネス環境において世界と伍していくためには、世界のスタンダードといえる学位が必要ではないでしょうか。

前の章で挙げた「名だたる名門大学」という表現も、あくまで日本の国内限定で通用するドメスティックな評価でしかなく、世界に広く通用する評価ではありません。MBAを志すならば「自称MBA」ではなく、第三者認証を受けたMBAを選びましょう。